storia〜di domani〜 [明日の物語] nishiki-silatama
episodio#1 la partenza rossa
01. ------------------------------------------------
「あたし、冒険の旅に出たいんだ。」
「…。」
「まず何の準備からしたら良いと思う?」
「知らねぇよ。」
この、ようやく訪れた平和と皆が口を揃えて言う時代に
わざわざ冒険だの旅だのと。
しかも、他人の部屋に夜中にやってきて
寝ようとしてるヤツの枕元で
きっちりと膝を揃えて問答するべき事なのか、それ。
親と喧嘩して家出する、とかいう一般的な話なら渋々理解しないでもないが。
「壮大な夢を語りたいなら、わざわざこんな夜中に訪問しないでお天道様が顔を出してる時間に来い。
あと、解らないことは俺じゃなくオヤジさんにでも聞け。」
「お父さんがそんな事教えてくれるワケないよー」
「あー、わかったわかった。」
どうせ寝ながら物語の本でも読んでて
だんだんソノ気になってきたに違いない。
夢見る乙女の存在が、鬱陶しくなってきたので
ごろり、と背中を向けて横になった状態で話の続きを聞いてやる。
「仮にお前が【冒険】の旅に出たとしよう。まず、具体的に何処へ行って何をするつもりなのかを明確にしてみろ。
遺跡だとか迷宮だとかはあらかた掘り返されて、観光名所になってるだろ?」
「うん、知ってる。行った事あるし。」
一般的にこの世界で遺跡と言うと、かつての古代人の住処の事で
なんか凄いお宝があるかも?と言われるような場所。
有名でそれなりに深くて入り組んだ古代遺跡なんかになると
出土したものを売る怪しげな店に混じって、屋台でお土産を売ってる所まである。
どんだけその地下で盗掘者の血が流れたのかを
知ってか知らずか、いい気なもんだ。
「悪い神様を崇める馬鹿集団も、もういねぇ。」
「そう言えば最近聞かないね。」
探せば居るかもしれないが、もうナリを潜めた連中相手に
誰がそんなヤブヘビな真似をするもんか。
あんなテロ行為が生き甲斐みたいな奴らは、相手にすると
いい気になって連発しようとするからタチが悪い。
もうバックアップしようとする神様も居ないんだったら、存在ごと無視するに限る。
「魔物だって、村とか旅人とか襲わなくなっただろ?
もともと普通の動物より圧倒的に個体数は少ないんだし、お互いのテリトリーにでも入らない限り、殺し合いは無い。
…ま、一般論だけどな。」
「絶滅寸前なのかな。」
「そんなのは環境保護を訴えてる教団にでも聞いてこい。」
昔…とは言っても、そう遠くも無い過去の話。
人間や、人間と同じような生活を営んでいる他の種族は
この世界での力関係を示すピラミッドにおいて、中の下あたりにその存在を刻まれていた。
その上に存在するのは
簡単に言うと、個体としての生存能力に圧倒的に長けた存在。
例えば何かと何かをくっつけたような真っ当じゃない生き物だとか。
動く植物だとか、巨大化した昆虫とか、挙句の果てには明らかに死んでるのに歩き回るヤツまで
一般に「魔物」「怪物」「モンスター」とひと括りにされるヤツ相手に
時に殺し合ったり
時には一方的に喰われたりしながらも
人間たちは逞しく生き延びて、絶滅を免れていた。
俺が生まれた村は、この町からはるか遠い開拓地にあった。
その辺りには大型の魔物が闊歩してたから、近所の人がいつの間にか食われてたり
家族単位で村から消えるなんて事も日常で
果たして自分はいつまで生きていられるのかと
幼心にも、半分諦めが入ってる様な毎日だった。
それにしても、何故にそんな危険な所を選んで開拓しようと思ったのか
たまたま作った場所が悪かったのか。
村は何度もヤツらの襲撃に遭い、結局は家族も散り散り。
仮に生きてたとしても連絡のとりようが無いし
どこに居ても判らない。
まぁ、殺されてるかもしれないと
その時に他の事も含めて、色々諦めた。
俺だけじゃない。
同じような境遇の人間は、周りを見ればいっぱい居た。
「エスタ兄、寝た?」
「寝てねぇよ。」
毛布をばたばたと扇いで、まだオチてないことをアピールする。
「機嫌悪い?」
「それは見ての通りだ。」
幸いにも、通りすがりに拾ってくれた人が親切だったおかげで、俺は飢えることもなく生き延びて
手には半端ながらも職をつけることができた。
旅の一団の中で一緒に行動するうちに、戦う術も身に付けて
数えるのが面倒くさいほど繰り返される魔物の襲撃で命を落とすこともなく
こうして「平和」と誰もが口にできる時代まで辿り着けた。
考えれば考えるほど
不幸にも人のモノを盗んだり、目の前の相手を殺したりしないと、生きて行けなくなったヤツとか
運命を逆恨みして、あっちの側について人間滅べーみたいなコトして
人間同士で殺しあう羽目になった一団とは
俺はホント、紙一重なワケだ。
「…ごめん」
赤い赤い、ネガティブな俺の回想シーンに割り込む
小さな声。
「またあたし、良くないコト思い出させた気がする。」
「俺の背中見て、空気読めるようになったんならオトナになった証拠だ。」
どうせつまらない過去の話。
今更そんな事を鬱々と考えながら、眠りにつく気は無い。
「気にす… うっ!?」
とりなそうと思って振り返ったら、目の前に顔。
しかも鼻息がかかりそうなぐらい近い。
近い!近いっ!!
なんでこんなに近いのかと思ったら…隣に寝てやがるし!ああもう!!
いつの間にベッドに忍び込んだんだ?
「う?」
「う、じゃない。だから、ホント。気にすんな。」
ずいずい、と
動揺を顔に出さない様に後ろに下がる。
「…うん。」
「お前のオヤジさんが助けて、育ててくれたから今ここにいる俺は立派に生きてるわけだ。
過去を相手にして何を悔やむこともねぇよ。」
7年程前になるのか
隣の大陸で、世界を揺るがす大きな争いがあり
その戦いの中で災厄の根源とされていたモノは打ち滅ぼされたと言う。
それも、俺に聞き間違いが無ければの話。
その後、全ての国それぞれの代表により唱えられた「戦いの終結宣言」をもって
人間と共に虐げられていた種族にとって先の見えない時代は終わった。
はずだ。
それからしばらく、生活が今に至るまでには越えないといけないハードルはあったものの
この国の人々は各々
武器を、農具や工具に持ち替えて
勇敢に戦い、魔物を退けた人の話を英雄譚として
運命に立ち向かうも儚く散っていった命を、鎮魂の歌に代えて
全ての過去を土壌にして、今という平穏を謳歌している。
そんな時代の物語を、遠い別世界の話のように聞いて育ち
血を綺麗に洗い落とした後に納屋に放り込まれた武器や防具を見て、美化された【冒険】に憧れる子供も多い。
最近そんな少年少女の夢に育まれて流行し始めたとかいう
勇者伝奇モノなんかの読み物の影響も、勿論計り知れない。
年寄りはもうあんな時代はごめんだ、と眉をひそめ
なんとか平和へと漕ぎ着けた大人達は
そんな本を取り上げて、これからの為にまじめに働け、と言う。
この目で現在へと至る経緯を見てきた俺も
申し訳ないが、まったくその通りだと思う。
「やっぱり、エスタ兄は…冒険に行きたい、とは思わない?」
その言葉に、どう答えるか少しだけ考えてから
一応正直なところを述べてみる。
「全く思わないわけでもないな。」
「そうなんだ。意外。」
「探せば、他にも何か楽しいことがあるのかもしれねぇけど
ずっと生き延びることしか考えられなかった俺には、今は「今」しかない。
仕事はあるし、飯が食えて、たまに皆と馬鹿騒ぎもできる。
今の俺にとってはそれが唯一の幸せで…むしろ死ぬまでそれでいいかもな、って思う。」
何事もなかれ。
そう世界の誰もが、心のどこかで思ってるはずだ。
「お前だって…」
この平和が嘘だと言われたら怖いだろう?
と、そう言い掛けてやめた。
それはいつも、心の何処かに潜んでいる恐怖心。
本当は口にすることすら怖い。
平和になった、と言っているのは皆だけかもしれない。
実は何も変わっていないのに、諦めて平和なふりをしていても誰も気付かないだろうから。
辛辣な言葉はやめて、無難に納得させる手段を採るコトにする。
「黙っていきなり冒険に出たら、オヤジさんも皆も心配させるだろ。」
「そうかも。お父さんどこまでも追いかけてきそう…。」
「予想できるなら、そもそも夜中に抜け出すのやめろ。」
白銀の甲冑を身に着けた神聖騎士団と呼ばれる集団や
この世ならざるモノを使役したり、天候を操ったりするという術師。
神の寵愛と民の尊敬を一身に受け、あらゆる災厄に立ち向かうという「勇者」と呼ばれるモノ。
物語の中にだけ出てくるような存在は、本当に居たのかも知れない。
そういった凄いヤツらのお陰で、誰もが平和を迎えることができたというなら
少しは感謝しておくべきなんだろう。
但し、俺の信心の心があればの話だ。
「物語の中の話じゃないけど…」
「ん?」
「世界には、まだまだ秘密にされてる不思議なことがあると思うんだ。
あたしの冒険物語を本にしてもらうなら、そういうのを一つ一つ巡って色々なものに出会うお話。そんなのがいいな。」
「ああ、そうだな。それは俺も思う。」
この町に住み着くまでは、オヤジさんや皆に連れられてあちこちを旅したから。
俺の知ってる世界というモノが、この大陸の、それもほんのごく一部でしかないことも。
「それに色々考えたら、まだ問題がたくさんあったから
冒険に出るのはちゃんと準備してからだね。」
「旅費でも貯めるか?」
「それもあるけど…」
高かったテンションが、一気に消沈した所為で眠気に耐えられなくなったのか
その場、つまり俺のベッドに突っ伏す。
「今は『行ってみたい』だから、まだエネルギーが足りないの。」
「ほぉ?」
「これが『行きたくてどうしようもない!』になったら、行くよ。
勿論お金も貯めて、運動して体力もつけてから。」
「ま、その時は好きにしろ。」
なんとなくだけど、その変な理屈が判る気がして
曖昧に頷いてしまう俺。
いざそのときになっても、オヤジさんは止めるだろうな
「おやすみ、エスタ兄」
「おいコラ、寝るなら家に帰って寝ろって!」
「ここもあたしの家。」
「…。」
俺の小屋があるのは、オヤジさんの工房の敷地の一角だから
広義の意味ではそうなるが。
「おやすみー。」
ああもう。こうなったら絶対に、出て行きっこない。
むりやり蹴り出しでもしてでかい音でも立てて、誰かが起き出してきたらそれこそオオゴトだ。
珍しい事でもないけど、面倒は御免蒙る。
「起きたら帰れよ。」
どうせ朝になったら血相変えてオヤジさんが飛び込んで来るんだろうなぁ、と
不良娘を持ったという不憫さに、同情を禁じえない俺。
「起きて…朝ごはん作って、一緒に食べたら、帰るよ。」
「勝手にしろ。」
奪取された毛布は仕方なくミノムシにくれてやるとして、さすがに一緒のベッドとかは、な。
よっこらしょ、とそのへんの床に横になる。
季節は春。
野宿に慣れた俺にはこっちの方が安眠できそうだ。
むしろ固い木の床板の上で寝てる方が
変に柔らかい感触を感じて、飛び起きる危険と隣りあわせで居るよりも
数倍は安心して寝られる。
…数倍?いや、数十倍だ。ホントあれは落ち着かない。
昔みたいに、ベッドが広かったら気にもしないんだけどな。
あぁ、ベッドが小さくなったんじゃないわ。
俺と…コイツが、ティが成長しただけだ。
「ふあぁ」
ティの欠伸を聞くと同時に眠気がずるり、と全身に浸透する。
ふと、薄暗くなる意識の中で眼に映ったのは
ティがかついできたんだろう、壁に立てかけられた一本の剣。
あれも相変わらず小汚い剣だ。
それは体に似合わない、無骨で鈍重な、そして地味な造りをした両手持ちの剣。
何に似せようとしたのか鍔にはガラス玉が埋め込まれていて
少しばかりの体裁を繕おうとしている。
両手で持つならせめてもう少し長くて威力がありそうな、バスタードクラスを使うほうが用途には合う。
さもなくば軽い片手握りのショートソードだ。
俺が売る側なら、とりあえずそれをお勧めする。
薪を割るのですら手斧のほうが仕事が早いに違いない。
まったく…誰がこんな中途半端なもん打ったのやら。
よっぽどの夢見る馬鹿か、マニアか。
その正体は
「勇者の、剣…か。」
「そうだよ。あたしの宝物。」
「起きてたのかよっ!?」
独り言を聞かれた恥ずかしさで、そのまま板を突き破って床下へ潜りたくなってしまう。
「町一番の【名匠】エスタが、初めて打った剣だもん。レアアイテムだよ?」
「うっせ、からかうな。」
…ああそうだよ!夢見る馬鹿だよ。当時の俺!!
それに誰が名匠なんて呼んでるんだ?
全身から、なんか色々な液体が出てきそうだ。
あんまりにもティのヤツが、絵物語の勇者が持ってる変な剣を欲しがってたから
ちょっと…喜ばせてやろうと思って
こっそりオヤジさんが留守にしてる間に、修行中の身で工房に篭って見よう見真似で造ってみたものの
挿絵そっくりに作ったつもりが、何をどう間違えたのか
出来上がったのは、こんな半端な剣だったわけだ。
モノの出所を知ってるのは…俺とティと、あと勝手に工房使ったご褒美に
派手なゲンコツをくれたオヤジさんぐらい。
「からかってないよ。あたし、すごく大事にしてる。」
毛布ミノムシからぽこんと出てきた、ティの顔。
別にそっちを凝視していたわけでもないのに
不意に目が、合う。
「この剣が似合う勇者になるのが、あたしのもう一つの夢。」
だから…いつか旅に出るよ。と
薄い月明かりの中に
鬼火のような瞳の赤。
紅い髪
紅の、唇。
「…。」
その緊張感に耐えられず、後に何と続ければいいのか判らず
またティに背を向けてごろりと横になり
堪っていた息を吐く。
渇いた喉に、唾を飲み込む。
「寝る。」
「…うん。おやすみエスタ兄。」
背後でも、毛布に包まる気配。
あれ、背後?ベッドで無くて?
気が付いたときにはベッドの上ではなく、自分のすぐ後ろで寝息が聞こえ始めていた。
「何なんだよ。」
正直、自分でも何が何だかよくわからないが
振り向かない方が身のためだと言う事は理解できた。
世界は曲りなりにも平和だというのに。
今は心中のみ穏やかではない。
ぼんやり頭に浮かぶ
ふと何かに、似ていると思っていたそれ。
剣の鍔に填め込まれた綺麗な色の玉
当時の俺が、何を基準にそれを選んだのかは思い出せないものの
なんとなく、ティの
瞳の色に少し似ていた気がした。
02. ------------------------------------------------
仕事に身が入らないほどに気候も穏やかな、ある春の日。
言い付けられている退屈な鉄鉱石の選り分け作業をのんびりとやっている所へ
この辺ではよく知られた大柄な男が工房にやってきた。
「なんだ、久しぶりに寄ってみたらブラーヴァは居ないのかい。」
「あー、アレンチの旦那。毎度。」
ブラーヴァってのはオヤジさん、つまりティの父親の名前で町に一人しかいない鍛冶屋。
そしてハーブ園を中心に大農場を経営するこのアレンチというオッサンは
大量に農具を発注してくれたり、定期的に手入れを依頼してくれる
かなりグレードの高い、上得意様にあたる。
「オヤジさんなら今日は酒場の日だよ。」
「おやおや、あんな腕の立つ職人が鉄も打たずに副業三昧かね。勿体無い。」
腕が良い、って言うんなら代金を値切ろうとするなよな、と
言いかけて思いとどまる。
実は農具の手入れを担当してるのは半人前の俺であって、オヤジさんじゃないワケだ。
それをバラしてしまうと、また値切られかねない。
「頼まれてる鍬の納期なら、来週じゃなかったっけ?」
「まず安心してくれ。今日は納期の話をしに来たんじゃあない。」
勧めもしないのに、どっかりと椅子に腰を降ろし
退屈そうな俺に向けて手招きをした。
「面白い話があるんだ、お前さんでもいいから。
きっと興味が湧くと思うがね…」
「?」
*
午後になり、ノルマの鉄鉱石の選り分けを終えた俺は、昼寝をするのを諦めて
工房から少し離れた場所にある、表通りに面した小さな酒場へと向かう。
「毎度」
そう、ここは鍛冶屋のオヤジさんが、兼業のくせに本腰をあげて営業している酒場で
まぁ用件は他でもない
アレンチのオッサンが持ち込んできた話を一応、伝えるためだ。
「あ、エスタ兄だ。いらっしゃいー。」
「よう。」
見慣れたウェイトレス姿のティを見つけて声を掛ける。
私塾の無い日はこうして手伝いをするという、文字通りの看板娘だ。
さすがに今日はまだ時間も早いから、酒を飲んでる客も少ない。
もう少ししたら増えてくるんだろう。
「オヤジさん居る?」
「ん、なんか用か。」
その視線の先には、客の居ないカウンター席に座って
まるで手入れをせずぼさぼさの髪とヒゲの容貌には似合わない程鮮やかな
ナイフ捌きをもって、フルーツの山と格闘する男が一人。
誰あろう、俺の養い親でもあり師匠
それでもってティの実の父親、ブラーヴァだ。
「あのさ、昼前にアレンチのオッサンが来てさ…」
「鍬の納期なら来週だ。」
「いや、それは俺も言った。言ってきたのは別の話。」
積まれているマンダリンのうちから一個を失敬して
それを剥きながら話を進める。
「オヤジさん、機械牛って知ってる?」
「聞いたことはある。が、実物を見たことは無い。
内臓の代わりに歯車が入っててエサも食わないのに動き続けるとかいう、作りモノの牛の事だろ。
まぁ…あの野郎の事だ、俺にそいつを作れ。とか言い出したか?」
「正解。」
「考えそうなこったな。」
さすがのオヤジさんは、あのオッサンの言いそうな事ぐらい簡単に想像がつくらしい。
将来性のあるテクノロジーへの先行投資だ!とか言ってたけど
結局の所は力仕事なら人間を雇うより、無言で夜通し働く機械牛の方が安く付くだろう算段を
先に済ませてる筈だ。
「オヤジさん知ってたんだ。」
ただの伝令とはいえ、意外と事次第があっさりと伝わった事に妙に安堵する俺。
「まぁな。ところで、お前はどう思う?エスタ。
オレにその機械牛とかいうのが造れると思うか?」
尋ねられて、マンダリンを食う手を止める。
鍛冶屋としてだけでなく細工物の職人としても
オヤジさんの腕は本物だと、弟子として当然そう思ってる。
あり得ない話だとしても、オヤジさんがこの話に乗り気になって
あっという間に機械牛の類似品みたいなのを作ってしまったとしたら
アレンチのオッサンのところを首になった雇われ農夫に、闇討ちでもされかねない。
そしてオヤジさんなら返り討ちにしかねない。
そんな心配すらしてしまう程だ。
この人なら伝説の魔法金属(?)で焦げ付かない鍋を造ってくれ!とか言われても
不可能じゃ無い気がする。
「…オヤジさんならできるんじゃないの?まぁ何日か徹夜でもし」
「オレには無理だ。」
俺が全部言い終わる前に、オヤジさんは首を横に振った。
「は?無理って、なんで。」
「なんで?って言われても、な。無理なもんは無理なんだっつーの。」
オヤジさんの返事は、ごく簡潔なもので
理由も何も無いという事は、そもそも手を付ける気にすらならないという所か。
もしも、少しでも可能性を見出せるものなら
この人はこんな無粋な返事をしないに違いない。
「なんだ…そんな顔すんなよ。」
「だってさぁ。」
よほど俺は情けない顔をしてるのか。
仮にも尊敬する師匠の言葉として、俺にとってこれ以上なくショッキングな返答だけに仕方ない。
そんな俺を見てオヤジさんは作業を中断して、こっちを向いた。
ただ、こっちは向いても、目は俺を見ていない。
「そもそも俺みたいな古い人間には、その、な。合わねぇんだよ、ああいうモノは。」
普段はハッキリと物を言う人が
どうにも奥歯に何か挟まっているかのように本筋に触れたがらない、というのは
なんとなく理由がある気がした。
それは半人前な俺にも理解できる。
何かワケがある。気にもなる。
ただ、その前に
「あのさ、オヤジさん。俺が知る限りの機械ってもんは、水車とか風車より
若干構造が複雑な位のもんだと思ってるけどなんか具体的に違う所でもあるの?」
ふと浮かんだ、俺の一般的な内容の質問に対しての解答だけは
ずいぶん前に準備してあったのか
オヤジさんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「いや、駆動を伝達する部分の構造は、お前の言う通りそう変わらねぇよ。
ただ水車は水で回す、風車は風で回す。じゃぁ機械の中にある歯車は何を使って回してる?」
「え…」
思わぬ問い返しに言葉に詰まる、俺。
逆にそういう問答をされる羽目になるとは思わなかった。
まぁ、いつもこうやって、俺はこの人に職人として育て上げられたワケだ。
「よく考えろよ?」
「えーと…。例えば…」
考え込む俺を見て、ニヤニヤするオヤジさん。
必死に模範解答を搾り出そうとしていると
横から、それまで黙ってたティが会話に割り込んで来た。
「妖精さんが中で頑張って働いてるんだよ!」
「や…それは無いだろ。」
例え妖精さんとやらが入ってたとしても、だ
メシも食わさずに働かせてたらキレるな。確実に。
「ティがそう言うなら、そうかもな。」
「でしょ?当たり?」
「やー、どうかなぁ?」
「…。」
ダメだ、この父娘。
いつもこの調子で、話が別の方向に向かっていく。
機械について、これ以上はまたタイミングを計って聞いた方が良さそうだし
そろそろ放っといて工房に帰ろうか、と思い始めた所で
オヤジさんは聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、ぼそりと言った。
確かに、俺に。言った。
「ドゥエの街に【機械を造る職人】が居るって話だ」
「ドゥエに?」
ドゥエの街と言うと、割と近くだ。
何度かオヤジさんと仕入れに行った事もあるし
俺の脚だと夜が明ける前に発てば、夕方までに着くぐらい。
そんな近くに機械を造る職人が居る、という話は初めて聞いた。
酒場をやっているだけあって、オヤジさんの情報は早く
工房に篭ってる俺なんかよりよっぽど流行に敏感かもしれない。
「…本当は、お前自身が興味あんだろ?」
全く無いといえば嘘になる。
アレンチのおっさんに話を聞いたときから、興味は湧き始めてた。
ただ、ちょっとした歯車や細工は見様見真似でいじることはできても
オヤジさんの言うように、俺もどこかでは
機械、という未知のモノが自分の手に負えない様に感じて、尻込みしてるだけかもしれない。
だから、オヤジさんに話を伝えるだけで
胸を撫で下ろした気分になったのか?
そんなチキンか、俺。
「こないだ南方へ行く商団が来た時に聞いてな、丁度いい機会だから行って来るか?」
少しの間。そして強く
「いや…行って来い。エスタ。しっかりとその目で確かめて来い。」
確かめて来い、と言ったオヤジさんの声は
鉄と一緒に
俺を鍛え上げてきた「師匠」のそれだ。
「わかった。今は工房の方も格別急ぐ注文入ってないし、明日の朝にでも出るよ。」
「おう、そうしろ。」
オヤジさんが教えてくれない理由も、そこへ行けば判るんだろうか。
そんなに遠方でもないし
何度か行き来した道を自分ひとりで歩くだけの旅だ。
気になる事は何も無い。
何も無い、はずなのに。
少し気になり始めていた「機械」について知る事ができる、チャンスだっていうのに。
最近、モヤモヤとした気分になる事が
多すぎて困る。
*
結局そのままずるずると、工房に戻ることなく
長話のせいで遅れた仕込みの手伝いをさせられて、今…夜に至る。
珍しく、今夜は狭い客席も一杯になる大入りで
その場に都合よく居合わせた俺もそのまま駆り出され、結局一段落付くまでこき使われてしまった。
「お疲れさま、エスタ兄」
「おー…ん?」
帰る前にと、奥で水を飲んで休憩していると
ウェイトレス姿から、いつもの格好に着替えたティがやってきた。
この酒場の奥はオヤジさんの家であり、ここは客間でもあり
二階がティとオヤジさんのプライベートルームになっているわけだ。
「へへ、フルティエさんが来てくれたから、あたしも上がりなんだ。」
「そーか、お疲れさん。」
話に出てきたフルティエさんってのは、近所に住む未亡人で
同時作業の苦手なオヤジさんを手伝って夜の酒場を回してくれる重要人物。
ほぼ夕方に手伝いをしているティを目当てに来る物好きも多いが
フルティエさん目当ての客はもっと多い。
いわば真の看板娘…娘?だ。
2.3日休むって言ってたけど、今日から復帰だったんだな。
そう考えれば店の混み様も納得がいく。
挨拶でもしようかと思ったけど、また手伝いでもさせられたら適わないので
裏口から出る事にしよう。
「暗がりのうちに出るつもりだったけど、たっぷり寝て体力蓄えてからのんびり行くかな。」
「そか。明日、ドゥエに行くんだよね。」
「ああ。」
行き帰りのメシ代、宿代ぐらいは研究費の名目で
アレンチの野郎から巻き上げてやるから、豪勢に行ってこい。と
笑いながら言ってくれたわけだが。
「そういえば、あそこは野菜練りこんだフィトチーネが名物なんだよねー。3色の。…あれ?5色だっけ。」
「5色のやつな。」
前にオヤジさんと仕入れに行った時に、俺がお土産に買ってきた乾燥パスタを思い出しているのか
ティはうっとりとした目で空中を見る。
こいつ、ほんと食い物には目が無いな。特に麺類。
「クリームソースで食べると、また格別で…。」
「涎、ヨ・ダ・レ!出てる!」
「んー」
確かにティの言う通り、あの街で食べた5色の生パスタは最高に美味かった気がする。
今回も是非食してこよう。
「えーと、あの街は他に何かあったかな。」
椅子に座って、ぼんやりしている俺を尻目に
ティはあちこち歩き回っては本棚から取り出した旅行記や
旅人向けに作られた絵図入りのガイド本を、俺の前に広げていく。
街と街の行き来をするための障害が減ってから、こういった本も増えてきた。
ただ、それまで交流の無かった国の事まで入っているので、内容の正確さはどんなものやら。
「…なんでお前が観光気分なんだよ。」
「え、いや。ほらエスタ兄が行った時に困らないようにって。ね?」
「初めて行く街でも無いし下調べはいらねぇよ、気持ちだけもらっとく。」
「そう?」
本の山をずい、と押し戻すと、ティは何故か残念そうにそれを元あった所に戻し始める。
それにしてもここにはソノ手の本がいっぱいある。
オヤジさんが元々旅団にいて見識が広いってのもあるが
それ以上にティのやつが買い集めている所為だ。
同じ年ぐらいの娘は、他の国で作られるアクセサリーだとか
ひらひらした服だとかに夢中だっていうのに
こいつは小遣いの殆どを、こういった本に費やして、いつか旅立つための準備に余念が無い。
「心配すんな。そんなにアピールしなくてもパスタはちゃんと買ってきてやるからさ。」
「…。」
「それとも何か他のがいいか。」
俺の質問に、少し間を置いて
ティが答えた。
「あたしも一緒に…。」
「ダメだ。」
まぁ、オヤジさんがあの場で話をしてしまった以上、コイツならそう言い出すだろうなと思ってた。
大人しく見送るわけが無い。
「今回は俺の修行みたいなもんだから
お前を連れて行って、あれこれ観光させてやる気はない。」
「大人しくしてるよ。」
「ダメだっつーの。」
いくら前に比べて安全になったとは言え、100%危険性の無い旅というワケじゃない。
俺一人なら多少何が起こっても対処する自信はあっても
もし、娘を一緒に連れてって何かあったりしたら、世話になったオヤジさんに申し訳ない。
俺一人の命で替えられるもんなら、お安いもんだが。
ひょっとしたら今の時代に街から街への移動ぐらいで、そんな事を考えているヤツの方が少ないのかもしれない。
とは言え、染み付いた記憶ってやつはどうやっても拭えないもんだ。
「そもそもオヤジさんが了解してくれるワケねぇだろ?
保護者の許可が出ない限り、俺は絶対に連れて行かないからな。」
まず、これが大前提だ。
さすがのティもオヤジさんの言いつけを破ることは無い、だろう。
「…良いって言ってくれるかな。」
「さぁな、聞いてみろよ。」
むしろ、あの人がそれを承諾するわけがないと思う。
遠慮せず連れてってくれ鍛えてくれ、とか言うなら、俺も前向きに考えないでもない。
「判った。」
むーん、と腕組みをしたポーズで重く頷く、ティ。
どんな手段を使って了解を得ようかを悩んでいるらしいが
如何な戦法でもムリじゃないのか?相手は百戦錬磨の親馬鹿だぞ。
と、そろそろ夜も更けてきたので、自分の小屋へ帰るべく腰を上げる。
明日の出発を考えるといい時間だ。
「じゃあそろそろ帰るわ、オヤジさんによろしく。
あ、土産も忘れずに買ってきてやるからな。」
ひらひらと手を振り、裏口から逃げ帰ろうとしていると
姿が見えなくなる直前
声が聞こえた。
「エスタ兄。ホントにお父さんが行ってもいい、って言ったら…」
「ああ、その時は一緒に連れてってやるさ。」
「その時」は今では無いとしても
いつか…もしかしてあと何年か経てば
コイツも自分の夢を叶える為に、冒険の旅に出ようとする日が来るのかもしれない。
一緒に行くのは、まさに「その時」なのかもしれない。
03. ------------------------------------------------
そろそろ昼時かね。と
近くに良い場所は無いかどうか、見渡してみたところ
しばらく行った場所に樹が並んで立っている所があるみたいなので
その木陰まで行って休憩にしよう。
町のはずれから、そろそろ数時間は街道を歩いただろうか
太陽の位置もすっかりと高い。
それでも本来出発するつもりだった時間よりは、若干早目に出たから
思いのほかペースも快調。
この分だと残りはのんびり歩いてても全然余裕っぽい。
普段の水汲みマラソンから始まる工房での一日に比べたら、体力的にも全然苦にならないし
更に荷物が少ないってのもでかい。
水と携帯食、薬草を丸薬にしたもの、あとは最低限の生活用品ぐらいで
以前と違って武器や防具でガチガチに固める必要も無い。
敢えて言うなら
荷物の中で一番重いのは、腰に帯びている愛用の二刀。
安全に旅ができる様になったとは言え丸腰で行き来しようとする人はまだまだ少ない。
無用なトラブルに巻き込まれないためにも、この程度の装備は必要だという事だ。
「さて、休憩。」
木陰に腰を下ろして呼吸を整え、水袋を口にする。
春とは言え、この時間の陽は高く
じっとしていればぽかぽかと良い気候かも知れないものの
距離を歩けばそれなりに喉も渇くし、腹も減る。
本当は昼飯ぐらい、町を出るまでにパンでも調達しようと思っていたのに
どうも久しぶりの旅の支度をあれこれ考えているうちに記憶から飛んでいたらしい。
確かにまぁ、危険と隣り合わせだった前の旅だと
「昼飯忘れた」とかいうレベルじゃなくて、既に「何日も食べてないなぁ」だったと思う。
時に食料になるかもしれない何かが、俺たちの前にわざわざ現れてくれるって時もあった。
…その前に運動しなきゃいけなかったけどな。
「一食ぐらいこれでもいいか。」
草の上に胡坐をかきながら、バックパックに入れてあった折れたグリッシーニを齧る。
香ばしく、味はそう乾パンと変わらないので腹の足しにはなるだろうけど
久しぶりの一人で食べる粗食は
敢えて、旨いとは言いかねるものだった。
「舌が肥えたのかなぁ、俺。」
オヤジさんに拾われてすぐ後、腹が減っていた俺のために炒ってくれた木の実は
何の実だったのか未だに思い出せはしないものの
油分がたっぷりで塩味もキツ目で、かなりコッテリ気味だったのに
どういう訳か、凄く美味かった気がする。
もちろん、料理が得意なティが毎日作ってくれるメシも美味い。
あれのせいで俺の舌が贅沢になってるのはまず間違いない。
そして何より
「平穏」という毎日欠かさず混入されるスパイスは
飯を美味くて当然なモノだと思わせる、タチの悪い毒薬だ。
傍に座り込んで眺めていても
街道を行く人の誰も、襲い来るかもしれない何物かに対して怯えることはない。
母親は先へ先へと走る子供を、守ろうと近くへ引き寄せることも無く
行商人らしき男は背に担いだ大きな荷物を護衛もつけずに運び
どこにも、死体なんか転がっているわけがない。
穏やかそのものの光景。
なのに俺の手は
いつでも抜き放つ事ができるように、傍らに置いた剣から遠く離れようとせず
身体も自然と、障害物を背にして休んでしまう。
平和なこの光景に一体の魔物が現れるだけで、惨劇が繰り広げられるという
誰もが有り得ないと、思うはずの恐怖が
脳裏から消えない。
春の光の中に居る様な生活を、皆が送る中
俺はいつまで
そんな幻覚に怯えていればいいんだろう。
*
「嬢ちゃん、そこで休んでる人が探してる人じゃねぇのかい?」
「あ、ホントだ!」
目の前で止まった藁を山ほど積んだ荷馬車から
老人の声と、もうひとつ聞きなれた声。
「もー。エスタ兄、歩くの早過ぎるよー。」
荷台からひょい、と飛び降りてきたのは
「ティ!?」
「そうだよー。どうせエスタ兄の事だからご飯も持たないで出発しちゃうんだろうな〜って思って
工房に届けに行ったら、もうとっくの昔に出かけて居ないんだもん。」
はい、とティが俺に渡したのは
おそらく言う通りの手作り弁当なんだろう。
わざわざこれ届けに来たのか?
こんな所まで??
「嬢ちゃん良かったの。そんじゃぁ、もうワシは行くでな。」
「うん、ありがとー。」
どうやら俺を追ってきていたのだろうティを便乗させてくれたらしい、荷馬車の主に一緒に頭を下げる。
「おうおう、気をつけてな。」
かっぽかっぽと緩やかな速度で馬車が行くのを見送って
ぐるり、とティの方に向く。
「届けに来てくれたのは嬉しいけどさ、どうやって帰る気だ?」
「まぁまぁ。お弁当たべよ、お弁当!」
「いや、あのな。」
持たされたお弁当を、さらにティが両手で
ぐいぐいと押し付けてくる。
「あたしもお腹すいてるんだからー。」
譲歩して、わざわざハラヘリの俺に
弁当を届けに来てくれたという事までは理解しよう。
だがしかし
その背中には大き目のバックパック。
旅用のゴツいブーツ履いて、マント羽織って、ぶら下げているのは、かなり目立ついつものアレ(剣)。
…いや、あの剣は毎日持ち歩いてるから対象外か。
届け物をするだけにしてはやたらと用意周到過ぎないか?その装備。
まぁ、折角届けてくれた好意を反故にするのは
さすがに俺でも気が引けるし、それなりに腹が減っているのは確かなので
尋問するのは後回し。食ってからだ。
「じゃぁ、そこで食うか。」
「うん。」
もう一度、今度は二人でさっきと同じ場所に腰を下ろし
弁当の包みを広げる。
その中身は、丸いライ麦パンを上下に切って
ハムとチーズ、それに玉ねぎとトマトのスライスを挟み込んだ
ボリュームあるワイルドなサンドイッチ。
かなり空腹時の胃液を促進させるビジュアルだ。
「お前、飯作る事と食うことのみはホント天才的だよな。」
早速それにかぶりつくと、厚めに切って両面を焼いたハムとちょっと溶けたチーズの
ジューシーさが口の中にひろがる。
トマトの酸味と、玉ねぎの辛さも丁度いい具合だ。
「料理は舌で覚えるもんなんだよ、エスタ兄。」
「なんか納得できる。」
自分の分を頬張るティと並んで
木陰から、街道を見る。
「結構たくさんの人が行き来してるんだね。」
「ここは南部の主要街道だからな。」
今向かっているドゥエの街は、交易上でも有名な所で
俺たちの住んでいる町…プリマの町は、ドゥエとはるか南方の港町アンコアをつなぐ街道に隣接している。
なので通過する旅行者が多く、従って酒場も宿屋も多い。
「エスタ兄はドゥエは何度も行った事あるんだよね。その向こうにも行ったことあるの?」
「あるさ。」
「そっか、いいなぁ。」
街道を、ドゥエのある方向へ目で辿ると
はるか北の方に連なる白い山々が見える。
その山の更に向こうに、俺の故郷がある。
…いや、故郷が在っただろう場所か。
「あっちの街は活気があるぞ、自由市場もあるからな。」
「んー、聞いたことしかない。」
なんでもない会話をしながら、一つ目のサンドイッチを食い終わり
もう一つ、と手を伸ばす。
「…食べるの早いね、エスタ兄。」
「腹減ってたんだよ。」
「へへ、たんとお食べなさい。」
ティが笑いながら渡してくれた二つ目を、口に入れようとして
自分が、飢えていない事に気付いた。
「…。」
「どうしたの?」
もちろん、腹は満たされた。
でもそれ以上に
一人で見ていた、いつ平和が終わるともしれない酷く脆い世界と
こうしてティと二人で並んで見る世界は、俺の目には違って映っていて
今とあの頃が、映像の中で繋がる事は無く
安らぎに飢えることも無い。
「ありがとな。」
「?…いつも作ってるのに。改まってお礼言われると照れるよー。」
「たまに言いたくなるんだよ。」
道行く人も、世界がこう見えているんだろうか。
このまま平和は終わらない。
終わらないで欲しい。
毎日が途切れることも無い。
本当は、ずっと続いていて欲しい。
*
「美味かった。」
「ごちそうさまー。」
食事も終了し、満たされたところで肝心な点を確認しておく。
これだけはうやむやにするワケにいかない。
「一緒に行く気で来たんだろ?」
「うん。」
装備品から見れば当然の回答ではあるものの
たった数日の短い旅とは言え、恩人であるオヤジさんの大事にしている娘を預かる以上
きちんとしておかないとダメだ。
黙って来てしまったのなら尚更、俺も一緒に戻ってちゃんと許可をもらってからの再出発にする。
それがケジメ。
「…。」
なんだ、この「娘さんを嫁にください」的な流れは。
折角だがそんなハートフルな話じゃない。
「ちなみにお父さんにはちゃんと言ってきたし、オッケーももらってるからね。」
「どういう風にだ?」
「エスタ兄にお弁当届けてくるね、って。」
「…。」
がくり、と肩とあごが同時に落ちてしまう。
まぁさすがに「一緒についていく」じゃオッケーしないよな…。
それにその、弁当を届けるミッションはたった今終わったとこだろう。
「オヤジさんなんて言ってた?」
「いつも通りだよ、「気をつけていって来い」って。」
「そらそうだ。」
どこまで届けに行ってるか、までは考えて許可して無いだろう。
「あ、そうそう!思い出した。あたしがお弁当届けてくるって言ったら
お父さんが「そんじゃついでに餞別渡しといてくれ」って。
はい、コレ。」
ごそごそとバックパックを探って、ティが取り出したのは
それなりに重そうな音のする皮袋。
「餞別て、こんなに何を…」
驚いて、渡された袋を開けてみると、中には銀貨や銅貨に混じって一枚の紙。
「手紙?」
「俺宛てかな…。」
「エスタ兄、読んでみれば?」
*
開いてみた紙には、乱暴な文字でこう書かれていた。
『思い出してみればオレがお前を引き取ってからの数年は
死なせずに済んだとは言え、決して幸せな時間じゃ無かったと思う。
いくら、世界が平和になったと言われても
俺たちの様に旅暮らしから町の暮らしに戻ったヤツらは、きっと
まだあの頃の張り詰めた気持ちが、どこかに残ってるハズだ。
そんな中お前に一人で旅をさせる事は、正直言って気が気じゃない。』
毎日あんなに楽しそうにしてるオヤジさんが手紙に綴られた様な事を、感じていたという事実には
少なからず戸惑いを覚えた。
ただ、俺よりもずっと長い間
オヤジさんが今を生きるか死ぬかの世界で暮らしていたことを考えれば
むしろ当然の様にも思える。
『小さい頃に村や家族を失って、生き延びるためにオレ達と一緒に
戦わせてしまった事は今でも心の底から悔いているし
お前が負った心の傷を全て癒すことは、今のままでは難しいだろう。』
戦わせてしまった、とあるけど、オヤジさんがそう強制したわけじゃない。
俺が望んで戦ってきた。
当時の俺にとっては生き延びる為でもあり、全てを奪われた復讐のためでもあった。
『世界が本当に平和になったのかどうかをお前自身が旅をしながら
少しずつその目で確かめることが出来れば、それが最良の道だと思う。
アレンチに礼は言いたくないんだが今回の事はいいきっかけだ。』
今にも足元が崩れそうな気持ちで過ごす日々は
オヤジさんの言う通り、変わるのだろうか。
俺は変える事ができるんだろうか?
この世界に生きる他の皆のように、剣から手を離し
明日を楽しむ事が本当にできるのかどうか
自分では全く判らない。
『短い旅だろうが、自分で望んだ何かを目指すことで
お前にとって何か得るものがあればと思う。』
『それと、ティのやつが弁当を届けに行くって言ってたが
どうせお前を追いかけて一緒に行くつもりだろ。
あんな話を聞いた後だ。止めてもこっそり行くに決まってる。』
「正解だ、オヤジさん。」
「正解ー。」
手紙を覗き込んでいる二人が同時に呟く。
『その時は、面倒をかけるかもしれんが一緒に連れてってやってくれ。
一人こっそり冒険に出られる位なら、お前と一緒のほうがまだマシだ。』
まだマシ、ってフレーズが妙に引っ掛かるけど
オヤジさんの気持ちは、察する。察し過ぎるほどに。
ある日、我が娘が突然一人でこっそり冒険に行ったら、俺でも焦る。
「やった!ちゃんと許可が出たよ。冒険だー!」
嬉しさのあまりか、ティは全力で万歳を繰り返して跳ね回ってる。
冒険というか、2.3日の旅なんだけど
まさかあの人から正式に許可が降りると思って無かっただろうし
喜ぶのも無理は無いか。
「…あれ?」
ところが、終わりだと思って仕舞おうとした手紙の裏に
まだ表に書ききれなかったのだろう文章が続いている事に気付いた。
『お前が機械牛の事を言い出したとき、正直どうしようか迷った。
教えてしまえばお前はドゥエには行こうとしないだろうし、言うべきか黙っておくべきか、少し迷って
なんとなくで話をはぐらかそうかともしたが…
もしもこれがお前にとって最高の旅立ちになるとしたら、この町で燻り続けて時間を無駄にすることは無い。
だからオレは行かせることに決めた。
まぁ、旅慣れた俺が付いて行けば何を心配することも無いのかも知れんが
これからを生きる二人だけで平和になった世界を感じさせたい。
それにお前が一緒にいればティも安心だろうし、ティが居ることで、お前も辛いことを思い出さずに旅が出来ればと思う。
あれも大事な娘だが、お前も大事な俺の息子だ。
行きたいと思う場所へ行って、知りたいと思った事を追求して
仮にどんな危険な目に遭っても良い
但し絶対に、二人一緒に帰って来ると約束しろ。』
「エスタ兄、どうしたの?」
もう、荷物を整えて歩き始めようとしていたティの呼びかけに
慌ててその手紙をポケットに仕舞い、立ち上がっても
中々俺の声は、声にならない。
「そろそろ出発しよう。」
「…。」
「ねぇ、エスタ兄。」
俺の顔を覗き込んだティが、何かを察したのか
躊躇いがちに
そしてちょっと照れくさそうに言う。
「あたしの…ううん、あたしとエスタ兄の冒険の始まり。
まず目指すは、ドゥエの街だね。」
「そうだな。」
草原を渡ってきた春の強い風が、街道を走りぬけ
ティの髪を揺らし
俺の迷いを吹き飛ばす。
「まだ街に入るまでは半分ぐらいはあるから、早く行かないと野宿する羽目になるな。」
「いいよ、楽しそうだし。」
全然楽しくねぇよ。と言い返しながら
それでもいいかと思う俺が居る。
行き交う人と同じように、笑い話をしながら道を辿る自分が在る。
今、俺の視界を染めていく赤は
かつて見た、血に濡れた街道の色なんかじゃなく
楽しげに先を歩く
その鮮やかに揺れる、髪の色。
一緒に進む、その先にはきっと
明日の世界があると信じたい。
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